嫁姑問題について考えてみた

人生

いつの時代も嫁姑問題は発生するのはなぜだろう

ママ友の間でも頻繁に話題に出るのが、「嫁姑」問題。特に嫁いできて同居しているとか近くに住んでいる、または義両親の家のある敷地内に家を建てた。など、田舎あるある!

二世帯で悩んでいるところもあれば、近くて悩む方もみられます。

そんな話を聞いていると、なぜそんなにお互いのことを気にしたり、ましてや仲が悪くなるのだろうか?と考えてみました。

私は、同居をしているわけではないのですが嫁姑の問題は無いに近いのではと思っています。(私だけ思っていることかもしれませんが 笑)でも、結婚当初は姑が思ってもいないマイナスなことを考えたり、そう考えることによって姑が本当に意地悪な感じに見えたりと、完全に負のループにハマってしまった事もあります。

でも、今はむしろ「私のこと絶対に好きと思ってくれている!」って思えるし、私も「大好き!」って感じです。

このマインドになったのも、全て自分の「思い込み」に過ぎないのですが、

みんな「嫁と姑は仲が悪い」というイメージを昔から持ち過ぎているのではないかな。と思うわけです。(3歳神話みたいに)

いつの時代もこの問題が消えないのは、もちろん我が子(男の子)が嫁に取られた!みたいな感覚を持つ人もいるからだと思います。その殺気を感じる嫁もいるでしょう。

嫌味だなと思うのって、どうしても話しの要所要所で出てくるものなのかもしれないですね・・・。

やっぱり、人間の嫉妬というものから生まれるのかもしれないですね。

うまく行っているかどうかはわからない

内情はどうなのかわからないので、嫁姑がうまく行っているかどうかなんてわからない。

自分がうまく行ってる!って思えばそれで良いと思うんです。

「秋ナスは嫁に食べさせるな」という諺を聞いたことがあるかと思います。私、この解釈が結構好きなんです。意味は2つあります。

一つは、美味しい秋なすは嫁なんかに食べさせるなという意味。

もう一つは、秋ナスはアクが強いから(妊娠している嫁)にはあまり良くないから食べさせない方がいいという意味。

おそらく、どちらとも正解なんだと思うんです。嫁になんか食べさせるか!という息子への嫉妬心。そして、後者の意味は娘のように大切に思っている母心。

全く違うのですが、どちらも人間は持っていて、どっちの気持ちの方が大きいかでうまく行くか行かないかにも繋がるのではないかなと思うんです。

それを端的に表しているのが「秋ナスは嫁に食べさせるな」

義母は絶対に後者だろうなと考えると、大切に想うことができるんです。

嫁姑にこだわらないこと

 おそらく私がうまく行っていると感じるのも、私の歩み寄りよりも義母の気遣いの方が遥かに上回っているからだと思います。

以前義母から「私は嫁って感じで考えてない。部活の先輩みたいな感覚の方かうまくいくと思う」と言われたことがあります。

だから義母も姑というよりも、部活の先輩!みたいな感じなのでやりやすくて仕方ない!

そう、嫁とはこうあるべきだ!と言われたら私は動きも悪いし、家の事もろくにやらないし嫁としてはおそらく20点くらいかなと思います。しかし、部活の後輩なら私は80点くらいの点数を弾き出せるという自信はあります!

先輩!!なんか入りますか!ビールにしますか!ハイボールにしますか!

みたいな感じで日々関わらせてもらっているので、役割にこだわらず、自分がうまくやっていける役割に変更するだけでラクになることっていっぱいあるのではと思っています。

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